糖尿病性腎症
第83回 糖尿病性腎症
腎臓は血液をろ過して余分な水分や老廃物(尿素窒素,尿酸,クレアチニンなど),電解質を尿として体外に排出する臓器です。糖や蛋白など生体に必要なものは決して漏らしません。ナトリウムと水分の調整のみならず,レニン-アンジオテンシン系と呼ばれる調整機構も伴って,血圧の維持管理にも関わっています。腹部大動脈から分岐した1本の腎動脈が腎門部から腎臓内に入り, 区域動脈,葉間動脈,弓状動脈,小葉間動脈,輸入細動脈と分岐し段々と細くなっていきます。ここまでは酸素は豊富だが老廃物が多い動脈血が流れています。輸入細動脈は糸球体と呼ばれる毛細血管が絡み合って団子になった様な組織につながります。100万個程度と言われる糸球体は腎皮質に分布しており,ここで重要な血液ろ過が行われます。ろ過後血液は輸出細静脈に出て,以後段々太い血管に合流し,最終的に1本の腎静脈が腎外に出て下大静脈に合流します。輸出細静脈以降,酸素,老廃物共に減った静脈血が流れます。糸球体からろ過されて出来た尿は,尿細管,集合管,腎杯,腎盂,尿管,膀胱,尿道を通って体外に排出されます。尿細管や集合管でも水分や電解質調整が行われています。他に腎臓はビタミンDの活性化(尿細管)や赤血球増血を促すエリスロポエチンの分泌(尿細管間質細胞)も行っています。
第78回でも述べさせていただきましたが,治療不十分な糖尿病が長期にわたると血管が傷みます。腎臓は血管の豊富な臓器の一つですから,当然腎臓にも血管障害が生じ,その結果,腎機能が低下してきます。それを糖尿病性腎症と呼んでいます。糖尿病の重症度や治療の程度,生活習慣,個体差によって発症時期が異なると思いますが,血糖コントロール不良が継続すると,10年程度で発症するのではないでしょうか。同時に糖尿病性神経障害や糖尿病性網膜症なども合併している可能性が高いです。
血糖コントロール不良の糖尿病では尿中に糖が漏れ出ているのはもちろんですが,血管障害の最初に糸球体が標的となり,アルブミンという肝臓で生合成される蛋白質が尿中に微量漏れ出るようになります。医療機関で特別な検査をしないと分かりません。絶対に漏れ出ないはずの蛋白質が尿中に出現するのですからたいへんなことです。この段階で何とか対処したいところですが,おそらく何の症状もありませんし,長らく血糖コントロールに関心を持たない患者さんではスルーパスするかもしれません。進行すると,アルブミン以外の蛋白質も持続的に尿中に漏れ出るようになり,尿中の総蛋白質の量が増え,検診などで行われる試験紙による一般的な尿検査(定性法)でも異常として検出されます(顕性蛋白尿)。腎臓のろ過機能が障害され,体液過剰となり,高血圧やむくみ,脂質異常,電解質異常,貧血などが出現します。さらに進行し腎機能が荒廃し慢性腎不全と呼ばれ,尿量の減少,尿毒症(意識障害,痙攣,手足のしびれ,高血圧,浮腫,体腔液貯留,肺水腫,心不全など)が見られ,透析療法(腹膜透析,血液透析)が導入されます。当然,蛋白制限,塩分制限,リン制限,カリウム制限などのより厳重な食事療法や運動制限,投薬など生活上の制約が増えます。
腹膜透析は患者さん自身や介護者が行う者で,自宅や職場で行うことが出来,通院も月1~2回で済みますが,1日2~4回,自分のお腹の中に注入した透析液を交換しなければなりません(交換に30分程度)。透析液を注入するためのカテーテルを腹壁に埋め込む手術が必要で,また慎重な自己衛生管理も必要です。機械を使って夜間睡眠中に腹膜透析を行う方法もあります。血液透析は専用の機器に装着された人工膜を使って,腎臓の糸球体と同様のろ過を行います。腕に血管手術をしてシャントを留置する必要があります。週2~3日通院し,1回4時間ほどかかります。透析療法まで至ると,身体障害者1級に認定されます。
現在,透析療法導入の原因として糖尿病性腎症が第一位となっています。糖尿病,慢性腎臓病の治療は確実に進歩していますが,透析療法が必要なほど腎臓が荒廃してしまっては,元に戻すことは出来ません。根本的な血糖コントロールはどんな腎障害の段階でも絶対的に重要です。手足の感覚がなくなり,失明し,透析も行うようになったらたいへん困るのではないでしょうか。糖尿病の症状は少なからず弱く,また生涯にわたるため,治療の意欲が継続しにくい面はありますが,糖尿病治療には真剣さが必要です。
・慢性透析患者数の推移
(参照)