長い長いお医者さんのつぶやきブログ~医学と医療の回想~

思いつくまま気の向くまま,医学,医療に関するちょっとした事柄を末端医者の立場から気軽に発信出来たらいいなと思い,一念発起してブログを立ち上げました。煌びやかではありませんが,よろしければお付き合い下さいませ。

蟯虫症(ぎょうちゅうしょう)

第108回 蟯虫症(ぎょうちゅうしょう)


イメージ 1  九州国立博物館が所蔵している「針聞書(はりききがき)」(縦24.3cm,横21.4cm152頁)という鍼灸に関する4部構成の医学書があります。室町時代の後期,戦国時代の山場(織田信長の上洛)である1568年(永禄11年)に,現在の大阪府茨木市辺りの出身者と思われる元行という人が書いたと考えられています。その中には,「体の中にいる虫」の絵63点が含まれています。楽しいものばかりですが,一例を以下に挙げさせていただきます。とても興味深いですので,是非,九州国立博物館のホームページを御覧下さい。
イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4 イメージ 5
(左から順に,脾ノ聚(ひのしゅ),陰虫,肺積,肺虫)
詳しくは

 中国の三尸九蟲説の影響を受け,当時は病気を起こす原因を様々な虫で説明しました。妖怪の様な絵で紹介し,その病気の特徴,治療法について書いています。今から見れば滑稽な想像画ばかりですが,当時の人々には寄生虫症はたいへん身近な病気で,これから着想を得たのだろうと推測されます。顕微鏡もない時代で仕方がないのですが,現実と想像が混ぜこぜになっています。実は似たような虫図は江戸初期写の「五臟之守護并虫之圖」(九州大学図書館所蔵)や「針口伝書」(内藤記念くすり博物館所蔵),江戸中期写の「五輪砕并病形」(国際日本文化研究センター宗田文庫所蔵)にも見受けられます。本当に長い間,三尸九蟲説が信じられていたのですね。インターネット上では見ることが出来ませんが,公益財団法人東洋文庫の藤井文庫に所蔵されている「桃山時代解剖之圖」にもあるそうです。
詳しくは

 さて,針聞書には蟯虫(ぎょうちゅう)も登場します。庚申の夜に体より出て閻魔大王にその人の悪事を告げる虫とのことです。まさかそんなことはありませんが,蟯虫は昔から存在していました。今回は蟯虫症について触れさせていただきます。
イメージ 6 イメージ 7
針聞書の中の蟯虫)

 蟯虫の中でもヒトに寄生をするものは,ヒト蟯虫(Enterobiusvermicularis)です。ヒトの盲腸に寄生する白色の糸状の寄生虫で,体長は雄25mm,雌813mmです。
イメージ 8

 蟯虫症は世界各国で一般的に見受けられる寄生虫症の一つで,気候には関係しません。特に小学校低学年以下の子供に多く,患児とよく接する兄弟姉妹や母親も感染(家族内感染)していることがよくあります。文部科学省学校保健統計調査の集計結果を見ると,寄生虫保有陽性者(回虫卵,鈎虫卵,蟯虫卵,その他の腸内寄生虫卵のうち一種類以上の虫卵が検出された者)は,平成27年度は日本国内の58歳で0.10.2%でしたが,その多くは蟯虫症と考えられます。昭和24年度は幼稚園で58%,小学校で64%だったのですから,いかに寄生虫症が減少したかが分かりますが,それでも蟯虫症は細々と見受けられます。

 蟯虫の成虫はヒトの大腸(盲腸付近)に寄生します。成虫の寿命は約2ヶ月です。興味深いことに,雌成虫は子宮内に卵が充満すると夜間に大腸を下行して肛門外に這い出し,肛門周囲の皮膚に卵を産み付けます。なんと約1時間に1万個の卵を肛門周囲に産み付けます。この雌成虫の動きや卵が皮膚に付着するための粘着物質が,肛門周囲の痒みを引き起こします。掻爬に伴う傷や皮膚炎,睡眠障害(寝不足)に伴う注意力の低下や落ち着きのなさ,短気,学力低下なども見られることもあります。産卵の終わった雌成虫は肛門周囲で死滅します。
イメージ 9
(蟯虫の体内にある虫卵。HE染色,対物10倍。)

 痒いために肛門周囲を引っ掻くことで虫卵が手指に付着します。その手であちこち触ると虫卵が付着します。指しゃぶりすると自己再感染になります。また,知らず知らずのうちに下着などの衣類,シーツなどの寝具,敷物,椅子,便座などに虫卵がばらまかれます。通常の室温で虫卵は23週間生きているそうです。その虫卵が家族や同級生,友人などの口に入ると他人への感染が成立します。経口感染した虫卵は腸管内に入り,約1ヶ月で成虫となります。その成虫が虫卵を産み付け,虫卵はばらまかれるというサイクルで感染が持続します。家族内感染だけでなく,集団感染を引き起こすこともあります。蟯虫症は通常死ぬような病気ではありませんが,まれに虫垂炎や卵管炎を引き起こすことがあるそうです。

 蟯虫症の診断は蟯虫の虫卵あるいは成虫を見つけることです。現在は学校の健康診断で行われていません(2015年度限りで学校の健康診断で寄生虫卵検査は廃止されました)が,朝一番にセロファンテープを肛門に張り付け,折りたたんで提出し,そのテープに虫卵が付着しているどうかを顕微鏡で調べてもらう方法が一般的です。大便を直接検鏡して成虫や虫卵の有無を調べる方法も考えられます。
イメージ 10

 蟯虫症の治療は患児だけでなく,症状がなくても家族全員が対象となります。通常,パモ酸ピランテル(商品名コンバントリン)(錠剤やドライシロップ)の単回内服1回とその2週間後内服1回の計2回行います。家庭内・施設内の清掃と衣服のまめな交換と洗濯・乾燥は徹底しての上です。メベンダゾールという薬剤を用いることもあります。

 学校保健安全法上,蟯虫症は出席停止の対象にはなりません。朝肛門周囲を洗浄すればプール制限はありません。

 もし御興味がございましたら,以下のホームページも御覧下さい。

イメージ 11   イメージ 12   イメージ 13   イメージ 14   イメージ 15

イメージ 16 (健康と医療,医師,病院・診療所,医学部・医療系受験,つぶやきのいずれかに移行します)