長い長いお医者さんのつぶやきブログ~医学と医療の回想~

思いつくまま気の向くまま,医学,医療に関するちょっとした事柄を末端医者の立場から気軽に発信出来たらいいなと思い,一念発起してブログを立ち上げました。煌びやかではありませんが,よろしければお付き合い下さいませ。

ヒトと寄生虫

第107回 ヒトと寄生虫


イメージ 1  私達医師は医学生の時に,医動物学,寄生虫学,免疫学,感染症内科学,感染防御学,公衆衛生学,熱帯医学などの講義,実習で,様々な視点から寄生虫について学びます。寄生虫の生態やヒトへの寄生虫感染とその病態,治療などについて勉強しますが,あくまで私達の視点は寄生虫による病気の診断,治療,予防が中心になります。
 
一方,考古学の研究を行う大学,研究所などには,生物学,地質学などの自然科学的分析手法を用いて様々な時代の自然環境とヒトの相互関係を明らかにする環境考古学という学問があります。その中には,寄生虫学を応用し,遺跡などの土壌から寄生虫の虫卵を検出しその時代のヒトの食生活や健康状態,生活範囲などを推定する分析手法があります。とても興味深いですね。
 
縄文時代前期~中期(約5.5004,000年前)の集落跡である青森県青森市特別史跡三内丸山遺跡1,2では,住民のトイレ空間と推定される遺跡北部の谷の土壌堆積物から多数の寄生虫の虫卵が検出されました。主として鞭虫(べんちゅう)(Trichuris trichiura),一部異形吸虫(Heterophyesheterophyes)であったそうです。これでもって,鞭虫症患者のものを含む人糞を使った農作,鞭虫卵に汚染された生あるいは加熱不十分の野菜や野草や水の摂取,異形吸虫に汚染された沿岸海水魚の摂取が推定されます。淡水魚や獣類の摂取はなかったか,乏しかったことも推定されます。平安時代末期の奥州藤原氏平泉遺跡群柳之御所などの土坑(トイレ遺構)からは蛔虫(Ascaris lumbricoides),鞭虫,肝吸虫Clonorchissinensis),横川吸虫Metagonimus yokogawai),日本海裂頭条虫(Diphyllobothrium nihonkaiense)の虫卵が検出されました。これでもって,汚染された野菜や野草のみならず,コイやアユなどの淡水魚,サケ,マスの生食あるいは加熱不十分の摂取が推定されます。
 
 ヒトは動物の一種ですから,有史以来寄生虫と深く関わり共生して来ました。日本人にとって寄生虫症は太平洋戦争の後,高度経済成長期の頃辺りまでは全く珍しいものではありませんでした。昭和20年代の全国民の寄生虫の保卵率は7080%と推定されています。農家が肥料として人糞を用いていた習慣が改められ化学肥料や農薬が普及したこと,上水道や下水道の整備,水洗式トイレの普及,衛生教育などが奏功し,寄生虫を取り込む機会が少なくなり,寄生虫症は減少して行ったのです。野菜など農作物に付いた寄生虫卵がヒトの口から体内に入り,寄生虫卵が便から排出され,その人糞を使って農作物を作る」というサイクルが断たれたのです。今では肥料として人糞なんて思い付きもしないでしょう。
 
 現在の日本では,ゲテモノ食いや珍味の追究などに勤しまない限り,常識的な生活を送っていれば,寄生虫症に罹ってしまう可能性はかなり低いと思います。私が医師になってから遭遇した寄生虫症の患者さんはとても少なく,逆に印象深いと言えます。赤痢アメーバ症(アメーバ赤痢,アメーバ性腸炎)は年に1回程度ですが今でも遭遇します。都会の真ん中の住民に見たことがありますよ。都会で生水を飲むのかな?イカやサバなどからのアニサキス症は時々急性腹症で救急外来に現れます。刺身や中途半端な酢漬け(バッテラなど)に御注意を。蟯虫症(ぎょうちゅうしょう)は今でも小児で見られることがあります。第103回でヒゼンダニ,第104回でアタマジラミ,第106回でケジラミに触れさせていただきましたが,これらも寄生虫です。私の住む土地では稀なのですが,上部消化管内視鏡検査で糞線虫症が偶然発見されたことがあります。
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赤痢アメーバ。PAS染色,対物10倍。)イメージ 3
アニサキスの断片(左)。HE染色,対物4倍。)
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(糞線虫症。HE染色,対物10倍。)

 生食という習慣は高い衛生状態(運搬,管理,調理等)が前提のことであり,食べ物や水に火を通す,熱をかけるという方がむしろ一般的というか,当たり前と言う感覚は無くさないでいただきたいと思います。現在の日本は忘れがちです。衛生状態が良くても肉の生食なぞ今でももっての外です。ヒトが動物である限り寄生虫症ゼロとはいきませんが,自ら進んで寄生虫症になる必要もありません。

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